建設業許可を取得する際には、常勤等役員(旧:経営業務管理責任者)の他に、専任の技術者が必要です。この専任の技術者は、建設業許可を取得する際の要件であるだけでなく、建設業許可を維持するための要件でもあります。
つまり、いったんは建設業許可を取得したものの、どこかのタイミングで専任技術者が不在となってしまった場合には、建設業許可を維持することができず、許可の取下げ(廃業)をしなければなりません。
専任技術者が不在になる場合として、退職する場合や、お亡くなりになる場合があります。
今回は、長年、専任技術者であったお父さまがお亡くなりになり、そのあとを引き継いだ息子さま(社長)からのご依頼でした。専任技術者の変更(交代)をどのようにして行ったか、すでに持っている許可業種(建築と大工)をどのように維持したかについて、事案に沿って解説をしていきたいと思います。
相談内容:先代の体調不良。至急、専任技術者の変更を!
概要
会社所在地 | 埼玉県川口市 |
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業種 | 建築工事、大工工事 |
相談内容
相談内容 | 現在、建築工事・大工工事の埼玉県知事許可を持っている。専任技術者である父が亡くなってしまったため、息子である現社長に引き継がせたい。専任技術者の変更をしたうえで、建築工事・大工工事の両方とも維持したい。 |
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申請内容
申請内容 |
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現社長=「国家資格なし。特殊な学科の卒業経歴もなし。」
付き合いのある司法書士さんからのご紹介です。
埼玉県川口市にある埼玉県知事許可を持っている事業者で、建築工事業+大工工事業の2業種を持っているが、専任技術者である父親が亡くなってしまったとのこと。
まず一番に確認したのは、後任の専任技術者である社長(息子さん)に国家資格、たとえば建築士や建築施工管理技士の資格があるか否かということ。仮に、建築士の資格を持っていたとすれば1級、2級に関わらず、建築工事+大工工事ともに維持することができます。
しかし、社長には、建築士や建築施工管理技士といった国家資格はありませんでした。また、建築科や住居科といった特殊な学科の卒業経歴もありませんでした。そのため、10年の実務経験の証明期間を短縮することもできません。
つまり、建築工事と大工工事の両方の建設業許可を維持するには、『建築10年+大工10年=合計20年』の実務経験を証明しなければならないことになります。
弊所としては、
- 合計20年の実務経験の証明は難しいこと
- 建築工事は、建築確認が必要な戸建て新築などの工事であるため、大工工事に比べて証明がむずかしいこと
- 建築工事業の許可は維持できず、最悪、大工工事の1業種のみになる可能性があること
といった3点のリスクを説明しました。そのうえで、最悪、大工工事のみになっても仕方がないといった了承を得られたので、弊所にて、受任する運びとなりました。
実務経験の証明で「建築」「大工」の2業種の専技変更
実務経験証明の期間
原則:10年の実務経験の証明
まず、建築と大工の2業種の実務経験を証明する期間について。上記に記載したように「国家資格なし」「特殊な卒業経歴なし」の場合、10年の実務経験を証明しなければ、専任技術者の要件を満たしません。
その証明の際に利用する実務経験年数は、重複して二重に計上することができません。建築の事務経験を証明するために使った10年を、大工の実務経験を証明するために使用することはできないのです。
仮に2010年~2020年までの10年間、建築工事と土木工事の両方に従事していたとしても、この10年を建築工事10年と土木工事の10年の「両方の10年」として使用することはできないのです。
建築・大工の両方の専任技術者になるには、それぞれ建築10年、大工10年、併せて合計20年の実務経験が必要になります(例えば2000年~2010年が建築、2011年~2021年が大工といったように)。
例外:実務経験期間の振替
もっとも、上記の例外として、実務経験の振替ができるケースもあります。
・一式工事から専門工事への実務経験の振替
土木一式工事 | → | とび・土工・コンクリート工事、しゅんせつ工事、水道施設工事、解体工事 | |
建築一式工事 | → | 大工工事、屋根工事、内装仕上工事、ガラス工事、防水工事、熱絶縁工事、解体工事 |
・専門工事間での実務経験の振替
大工工事 | ⇔ | 内装仕上工事 | |
とび・土工・コンクリート工事 | ⇔ | 解体工事 |
・振替をした場合の実務経験年数
実務経験年数の振替を希望する場合には、振替元と振替先での実務経験を合わせて12年証明できれば(専任技術者になろうとする業種(振替先)については、少なくとも8年の実務経験の証明が必要)専任技術者の要件を満たすことになります。
ご相談頂いたお客さまの場合
この会社の場合、後任の専任技術者である現社長が会社に入社したのは、平成13年1月です。よって、平成13年~平成22年までの10年間を建築工事の実績として使用し、平成23年~令和2年までの10年間を大工工事の実績として使用することにしました。
後任の専任技術者である現社長に「建築で10年、大工で10年、合計20年」の勤務期間がありましたので、実務経験年数の振替を使わず、申請書類を作成することができたのです。
【建設業許可の種類】 | 【期間】 |
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建築工事の実務経験 | 平成13年~平成22年までの10年間 |
大工工事の実務経験 | 平成23年~令和2年までの10年間 |
実務経験証明書
建設業許可の申請を1度でも行った人はわかるかもしれませんが、10年の実務経験を証明するためには、実務経験証明書が必要になります。実務経験証明書は下記のような様式です。
この実務経験証明書は、実務経験を証明する業種ごとに作成する必要があります。この事案のように「建築」と「大工」の両方について実務経験を証明するには、建築について10年の実務経験、大工について10年の実務経験を記載し、合計2枚の実務経験証明書が必要になります。
実務経験の確認資料
実務経験証明書を作成したとしても、それで終わりではありません。実務経験証明書に記載した工事を実際に行っていたことの証明が必要になります。
実は、この証明の仕方が、都や県によって、大幅に異なります。
- 東京都の場合は、○○と○○の資料
- 埼玉県の場合は、□□かもしくは、□□の資料のいずれか
- 神奈川県の場合は…..
といったように各自治体にズレがあります。今回のご依頼は埼玉県知事の許可を持っている事業者さまからのご依頼ですので、埼玉県の申請ルールに則って申請する必要があります。時折「東京都では認められた!」とか「神奈川県ではそんなこと言われなかった!」と、県の職員に詰め寄っている方を見受けますが、埼玉県は埼玉県です。他の自治体とは違いますので、きちんとルールに従って書類を準備する必要があります。
ここでは説明のために、埼玉県の手引きを一部抜粋して記載します。
証明者が当該業種の建設業許可を受けている業者
① | 当時証明者の下で勤務していたことを確認する資料(証明者が個人事業主本人である、又は、申請(届出)者と同一である場合は不要)
・厚生年金被保険者記録照会回答票を提出 ・源泉徴収票の原本の提出 又は ・給料明細書及び給与の振込が記録された預金通帳の原本を提示 |
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② | 証明期間の許可状況を確認できる書類を提出
・建設業許可通知書の写しなど |
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③ | 工事実績を確認できる書類の提示は省略可。
許可状況を確認できる資料がなく、証明期間に許可を受けていたことが確認できない場合は、工事実績が確認できる資料が必要 |
なかなか難しいですね。
まず本事案の場合、証明者(「10年の実務経験がありますよ」と証明する者)が、届出者(「専任技術者を変更してください」と届け出る者)と同一であるため、①の資料は不要ということになります。
次に、この会社が建設業許可を取得したのは、建築・大工ともに平成2年ですので、実務経験の証明期間である「平成13年~平成22年(建築)」および「平成23年~令和2年(大工)」の建設業許可通知書の写しを用意しました。これが②の部分です。
最後に、③の部分。証明者が当該業種の建設業許可を受けている業者の場合、工事実績を確認できる書類の提示は省略可(下段)とのことですので、工事契約書や請書や注文書といった資料の提示は省略できるため、準備の必要はありませんでした。
ということで「実務経験の確認資料」として用意したものは、②の建設業許可通知書のコピーのみということになります。
先代から現社長へ!専任技術者の変更手続きが無事完了!
20年の実務経験を証明し、無事、専技の変更手続きが完了
上記のような資料を準備して埼玉県庁に届出を出しにいったところ、無事、受け付けてもらい、専任技術者を変更するとともに、お客様のご要望通り、「建築+大工」の2業種を両方とも維持することができました。
平成2年に建設業許可を取得した当初から、建設業許可通知書をなくさずに保管していたことが大きな要因であるかと思います。
また、実務経験証明期間中に建設業許可を持っていなかったとしたら「工事契約書」などによる実務経験の証明の手間が発生していたと思うと、「建築」「大工」ともに古くから(20年以上前から)建設業許可を持っていたことが、大きかったと思います。
ご相談頂いた当初は、
- 合計20年の実務経験の証明は難しいこと
- 建築工事は、建築確認が必要な戸建て新築などの工事であるため、大工工事に比べて証明がむずかしいこと
- 建築工事の許可は認められず、最悪、大工工事の1業種のみになる可能性があること
から「専任技術者の変更とともに、建築工事業の廃業届の提出も必要になるのではないか?」と想定していました。しかし、実際に手続きを進めていく中で、建築工事業の廃業届を提出することなく、無事に「専任技術者の変更」及び「建築+大工(2業種)の維持」ができたことは、想定外の良いできごとだったように思います。
仮に、埼玉県知事許可ではなく東京都知事許可だったら?
最後に、これが、埼玉県知事許可ではなく、東京都知事許可の場合であったらどうだったのか?について、検討していきたいと思います。
東京都の手引きを一部抜粋して記載します。
1.証明期間において、対象業種で実務経験を積んだことを証明する資料 |
(1)証明期間において、建設業許可を有していた場合
(2)証明期間において、建設業許可を有していなかった場合
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2.証明期間の常勤を示す資料 |
上記(1)の資料は、証明する者において工事実績などがあったことを示す資料であり、この期間、この専任技術者が証明者に在籍していたことを以て、工事経験を積んだと推定します。そのため確認資料として以下に示す資料を期間通年分用意してください。
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さて、埼玉県と東京都の違いがお分かりいただけたでしょうか?
埼玉県の場合、10年間の実務経験期間中の常勤性の資料は、すくなくとも、本事案では不要でした。しかし、東京都の場合は、期間通年分の常勤を示す資料として、「住民税特別徴収税額通知書(徴収義務者用)」「法人用確定申告書」「厚生年金記録照会回答票」といった資料が期間通年分必要になります。期間通年分とは、実務経験証明期間が10年であれば、10年分。20年であれば20年分ということです。これはなかなか大変です。
今回の依頼者さまは、埼玉県知事許可の業者さまだったので、思った以上にスムーズに行きましたが、これが東京都知事許可のお客様だった場合、ここまでスムーズに申請手続きが完了したかどうか?は、別の話です。
以上のように、「専任技術者の変更」というたった1つの届出をとってみても、東京都とお隣の埼玉県とでは、大いに違いがあります。このように、建設業許可や変更届を申請する際には、事前によく都道府県ごとのルールを把握して申請する必要があります。
- 専任技術者の退職
- 専任技術者の病気、体調不良
などによって、建設業許可を維持するために、至急、専任技術者の変更が必要になるケースが増えています。
自社で処理できそうにない場合は、どうぞ、下記メールフォームから行政書士法人スマートサイドまでご連絡下さい。